「ただいまと、おかえりと。 ▽」
2016年8月25日 ポケモンGOこどもの頃、目の前に広がっていた世界はひたすらに広くて、毎日を楽しく過ごすことに一生懸命だったのは、きっとみんなも一緒だと思う。わたしの場合、それは友達との何でもないお喋りであったり、ちょっとしたお出掛け、適度な勉強、漫画やアニメ、あれ、結構多いなぁ、でも、まあ、そんな感じ。流行を追い掛けて、昨日やってたテレビを話題に盛り上がる、ごくごくありふれた少女時代は、今は少し、遠く感じる。そういえば、ポケモンも流行ってたなぁ。わたしが一番最初に出逢ったポケモンは、ピカチュウだったと思う。懐かしい黄色のパッケージと、後ろを着いて歩くマスコットを思い出して、ほんのちょっとの感傷。クラスの男子達のようにゲームをやりこんだりはしなくて、図鑑を埋めて、最低限の勝負に勝てれば、わたしは満足、そういうくらいにそつなく楽しんでたっけ。話し掛けたり、一緒にどこまでも歩いたりするのが可愛くて、最後までライチュウには進化させなかったなぁ。そのせいかどうなのか、クラスメイトと戦っても、負けっぱなしだったのがちょっとだけ悔しかったりして。あー、そんな時もあった。一つ一つ年を重ねる度に、勉強や部活がメインになって、共通の趣味はどんどん限られていったんだよねー。はい、回想終了。よくある青春時代。でも、だいたいみんなこんなんでしょ。
大学でデザインを学ぶ傍ら、飲食店でバイト。実家を離れて、地方都市での暮らし。楽しさ半分、残りはネガティブな思案。不慣れな環境は、人を変えてしまうみたいで、わたしはあまり外に出なくなった。将来への不安と、淋しさ。それらをたばことアルコールで誤魔化して、お布団にくるまっておやすみなさい。寝具とは簡単に友達になれるのに、どこで人見知りになってしまったのやら。そんな折りに舞い込んで来たのが、アメリカからの逆輸入品。
「けっこー面白いと思うよ、下火だけど。」
勧誘に向かないこんな台詞でわたしにスマホを差し出した彼女は、わたしの数少ない友人。名前は、瑠奈ちゃん。
「柚梨ってゲーム嫌いだっけ?」
柚梨、わたしの名前。柚子も梨もたいして好きじゃない。
「ゲームかぁ……別に嫌いじゃないけど……。」
最後にやったのいつ以来かな。ゲームアプリすらまともに落としてないや。呑んだくれてるか、本を読む程度のプライベート。カフェでだらだらするのも好き。おー、そういえば確かに、全然ゲームやる時間はあるんだ。興味なさすぎて笑う。
「やってみたら?」
画面の中には、見覚えのある3つの顔。
「外に出るきっかけくらいにはなるんじゃない?」
わたしの隣に腰を下ろして、渡したスマホを受け取りながら、その中のひとつ───ヒトカゲをタップする。
「ヒトカゲ好きなの?」
「まー昔からの相棒だしねー。」
って言っても、一回データ飛んでるからさー、これでこの子を選ぶのは2回目かな───と瑠奈ちゃんは口を動かしながら指先でボールをくるくると転がして、弾くようにして飛ばしたモンスターボールでヒトカゲを捕まえていた。緩やかなカーブを描いて飛んでいくボールに、記憶の奥底で眠っていたドット絵が重なる。ポケモン懐かしいなぁ。小学生じゃなかったかなぁ、当時。わたしの相棒は……。
「ねぇ、瑠奈ちゃん。」
「んー?」
「ピカチュウは?」
わたしは何となく聞いてみた。
「流石にいるでしょ。てか確か───。」
瑠奈ちゃんはキャラメルマキアートを啜りながら、
「ピカチュウ、最初にゲット出来るよ。」
火を着けようとしてくわえたたばこが、落ちた。
「ほんと?」
「多分ね。裏技あるはずだから。」
「へ、へぇー。裏技。」
「子供の頃のゲームには何でもあったよね。」
「そうなんだ。」
ライターの音。わたしが鳴らした。漂う紫煙越しに、瑠奈ちゃんと目が合った。
「てか柚梨、全然飲んでなくない?」
「ノンアルで一息ついてる瑠奈ちゃんよりは飲んでるよ。」
スペインバルの片隅で、アヒージョを肴に甘口の白ワインで女子会。瑠奈ちゃんは休憩と言わんばかりにティータイムと洒落込んでるけど、わたしはまだまだ呑みたい気分。友人と過ごせる喜びは、わたしを強くしている気がする。
「あんた呑兵衛だもんね。」
「あはは、パリピじゃないけどね。」
「清楚気取んな、ヘビースモーカーの癖に。」
「たばこ臭い女でごめんね?」
「ゆるふわ森ガール(笑)みたいな女の子が煙草の煙に巻かれてる姿は、もう燻されてる様にしか見えない。」
「人を燻製みたいに言うのやめてよ。」
「燻香の欠片もないから安心していいわ、あんたからはヤニよりも良い匂いがするもの。」
「それってどんな匂い?」
「何かこう、葡萄みたいな?」
「酒臭くて何かごめんね!」
*・・*・・*・・*・・*
一頻り話して、飲んで、ばいばーいって別れて家路に着く際、さっきの話を思い出した。まだ時間もあるし、暇潰しくらいにはなるかなって。
それをインストールする時のわくわくを、多分、わたしは覚えていた。この、待ってる間のもやもやした昂揚感。これはいつか、純粋にゲームを楽しんでいた頃の遠い記憶のもの。でも、今はすごく、それを直に感じている。
ウィロー博士と名乗る知らない誰かの話を読み流しつつ、彼に『ゆりしー』と名前を告げて、往来を眺める。酔っ払い。夜の店のお兄さん。大学生と思しき集団。スウェットの女性。それから───手の中の震動に驚いて、誰かからの連絡かと焦る。通知はない。ただ、画面の中では3匹のモンスターが、わたしのアバターを取り巻くようにしてポップしていた。瑠奈ちゃんと見た、懐かしい顔触れ。なるほど、この中から1匹、自分の手で捕まえろってことね。……でも、やっぱりわたしの相棒は、この中には居なかった。歩き出す。わたしの周囲、雑踏の中に紛れ込んでいるであろう彼らと距離を取るようにして、ひたすらに家のある方へ。画面から消える度、再び現れては、まるでわたしを追い掛けるかのように。選んで欲しいと言わんばかりに、何度もわたしの後を着いてくる。何だか可愛らしく思えて、それでいてちょっとの罪悪感。決して君達が嫌いなんじゃないんだよ、と、伝えられたらいいんだけど。人通りが少なくなって、頼りない街灯が並ぶ路地。もうすぐわたしの借りているアパートに着く。どこ、どこにいるの……。幾度となく続く追いかけっこ。真夜中の住宅街に、ヒールの音だけが反響していた。鍵を取り出し、代わりにスマホをしまおうとして───、
「あっ。」
今までのより、少しだけ大きな震動。びっくりして落としそうになりながらも、覗き込んだ画面の中には、3匹の追跡者と、もう1匹の訪問者。ピカチュウ。わたしの、はじめてのポケモン。慣れない動作に四苦八苦しながらも、遭遇したピカチュウを前に、ボールを投げるために立ち止まる。ずっと探していた、小さい頃の友達。まさか家の玄関の前で、わたしを待っていたなんて……それは都合の良い考えかもしれないけれど、わたしにはそう感じられた。瑠奈ちゃんの真似をして、ボールをくるくる回してみたけど、ぽろっとどこかに転がっていってしまう。なかなか満足に投げられない。むむむ、難しい。あの頃と同じように、ピカピカと鳴きながら、わたしを試すように威嚇して、時には投げたボールを弾いた。下手くそなのもあるけれど、長いラリー。いつの間にか、支給されていたモンスターボールは、30個を切っていた。呼吸を整えて、指先で円を描くように、それから画面外へ向かってスワイプ。綺麗なカーブ。
『Excellent!』
謎の表記。そして───沈黙。
『やったー!』
思わずこぼれた笑み。
『ピカチュウを捕まえた!』
どんなシステムのゲームなのか、何を目的とすれば良いのか、全然何も分からないけど、斯くしてこの日、改めてわたしは、ポケモントレーナーとしての生活を始めることとなりました。たばこと引き換えにポケットの中にしまった、小さな小さな生き物と一緒に。
お酒を呑んだテンションですよ。
ラプラス手に入れてもCP390じゃあなぁ(遠い目)
女の子がポケモンGOやってるの見ると心がぴょんぴょんします。女性人気にあやかってコンテストとかミニゲームとか増やしてくれたらなぁと思います。おしり。
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